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ご覧になった方も多いと思うんですが、米ロックバンド「リンキン・パーク」のフロントマン、チェスター・ベニントンさんが亡くなったというニュースが週末流れてきました。私も思い入れのある好きなバンドだっただけに、残念な気持ちでいっぱいです。そういえば、徹夜の編集時によく聞いていたよな。

このバンド、日本では「ミクスチャー・ロック」なんて言われていました。今はそんな言い方しないらしいですけど、この言い方には思い入れがあります。今までのロックに、ポップやラップ、レゲエなど様々なジャンルの異なる要素を入れた音楽。そんな新しいジャンル、その頃にはデザインにまで「ミクスチャー」という表現が使われていたような気がします。

この「ミクスチャー」って考え、ただの表現だけではなくてうちの映像制作の根底にも少なからず影響を与えていると感じています。

この世にオリジナルなんてない。あるのは部分の寄せ集め。

そんな精神だと私は解釈しています。聞きようによると冷めた考えのように見えますが、実はすこく誠実で正直な考え方。例えば映像を撮る、カメラを構えるにしても、その構図、色味はいつかどこかで誰かに影響を受けた「結果」なわけです。シナリオだって、「こんな話どこかで聞いたな?」そのイメージは小さい頃に聞いた昔話だったり。小説で目にした話の展開だったり。人として生きる限り、誰からも影響を受けないで表現することはできないんです。

自分自身ってなんでしょう?ゼロから自分は出来ていない。自分自身とは過去の影響そのもの。

だから「ミクスチャー・ロック」がパクリのロック、偽物のロックだと嫌われた時も、私はそうではありませんでした。オリジナルなんてない。自身をオリジナルと信じ、無から有が作れると信じた時点でそこに傲慢さが生まれます。

ドキュメント撮影って、「あるがままを撮影する」と言っているわけですが、それをただの「記録」だと言い、演出を伴って初めてクリエイティブが生まれると信じる考え方があります。でも、私はクリエイティブとはそこにすでにあるものを組み合わせる、または見方を変えることだと信じています。「感動を作り出す」という傲慢。感動はすでにそこにあります。それを見つけるだけ。

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