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大変申し訳ないのですが、先週末から今日まで故郷の長野に家族で行っていました。というのも、ウェディングのピークシーズンというのは10月11月ごろまで続いて、通年、年末が編集作業でとっても忙しいんです。前年も同じく田舎に帰れる時間もなく。ついこの間まで編集作業に追われまくっていました。

よくお客様にもお話しするんですが、映像制作って、撮影より編集にすごい時間がかかるんです。

素材としておおよそ5時間以上はいつも撮っていますので、それを編集すると、全部を見るのも単純に5時間かかりますよね?それを行ったり来たりしながら、切ったり貼ったり。ただルールに従って作業するわけではなく、そのストーリーを考えながら、構成を組みたてていくのは相当時間を必要とします。編集、本当に地味で根気の要る作業なんです。ご理解ください。

ということで、年末年始も帰郷できなかった家族を連れて、今のうちに長野へ行ってまいりました。撮影以外でこれだけの距離を車で移動したのは久しぶりです。大阪から松本市まではおおよそ5、6時間はかかります。(大変申し訳ないですが、運転に自信がないのでほとんど妻が。。。)

道すがら、田舎の風景がどこまでも続きます。裸のリンゴの木、畑、雪が残る山々など。

IMG_6533

やっぱり心に刻まれているんでしょうか。「郷愁」というものは。

私は高校まで、(リアル)田舎の育ちなので、「寂れた田舎」の雰囲気にすごく郷愁を感じます。が、大阪生まれ、大阪育ちの妻に同意を求めても少しちぐはぐな様子。

私は「寂れた田舎」が堪らなく寂しくて、辛い。が、愛しい。

なぜでしょうね。その場に生きている人の生活が見えるからでしょうか?それは都会のビルの隙間にも感じるはず。やっぱり育った経験でしょうね。こればっかりは映像にも少なからず出てくるもの。映像って、こうして作る人の経験の蓄積から滲み出てくるものなんでしょう。

私:「この辺で結婚式する人たちは、あの瓦葺の大きな日本家屋で親族のみの「古き良き日本の結婚式」を今もするのかな?そういうの撮ってみたいなあ。」

妻:「この辺の人たちは近所の何とかセレモニーとかでやるでしょ。家ではやらないよ。」

そうですよね。「古きに心惹かれる」のは外部の人間。中の人にとってのその日常は、常に流れていく廃れてくものだと。それが郷愁ってことでしょうか。

小綺麗になった善光寺の参道を歩きながらそんなことを思いました。

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